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外国語をマスターするとはどういうことか

語学の勉強では、「マスター」という言葉が良く使われています。例えば外国語の教材だと「1か月で英語をマスター」「聴くだけで中国語を楽勝マスター」などマスターを使用した教材が多いものです。では、「マスター」とはどのような定義なのでしょうか。

英語のmasterをカタカナ表記したのが「マスター」です。この単語には多くの意味がありますが、ここでは「~を修得する、習得する、極める、使いこなす」という意味が適切だと思われます。つまり、英語や中国語などを「習得する、極める」といった意味合いです。

では、どうすれば「習得した、極めた」と言えるのでしょう。

例えば、外国語スクールや外国語教材では、「英語が自然に口から出てきた」「中国語で考えられるようになった」「中国人に会話を褒められた」などの体験談が広告などで語られています。ここでのマスターは、会話やリスニングが出来たり、ネイティブスピーカーに褒められることを表しているようです。他にも、「新聞を読めるようになった」「基本的な会話ができるようになった」といった内容で外国語をマスターしたと紹介していることもあります。

一般的に会話ができることがマスターの基準になっているようです。確かに日本人の外国語の基本である英語については、中高学校の英語教育は、受験勉強のための読み書きに重点を置いたもので、文章の意味を読み取ったり、辞書さえあれば、ある程度の作文も何とかこなせるけど、会話になると全くお手上げといったレベルの日本人が多いので、会話ができることで英語を「マスター」したとみなすのかもしれません。

しかし、その会話の内容が、どの程度のレベルを持って「マスター」と言えるのかといった基準は極めてあいまいです。あいさつや簡単な日常会話程度で認められるのか、それとももっと複雑なニュースや経済など専門的な分野まで会話ができるのかといったような細かな内容まで求められるのかなどハッキリしない部分が多いようです。

それとも合否がハッキリ解る検定試験が基準になるのでしょうか。英語なら英検一級、中国語なら中検一級となるのか。しかし、もし中検一級をもってして中国語を「マスター」しているとするのなら、中国語をマスターしている日本人はごく少数になってしまいます。

英語にしろ中国語にしろ、使用する環境で通じればマスターしたと言えるのではないでしょうか。よく言われるのが「英語はツールに過ぎない。」ということです。これは中国語にも当てはまることで、要は、外国語を使って話す内容は、目的によって全く変わるということです。日本語でもネイティブな日本人であっても経済や科学など専門的な内容に関しては、その知識がないと会話することができません。日本人でも専門的な内容を勉強しないと、日本語ができるだけでは話せないのです。これは中国語に関しても同じことが言えるのです。

このようにツールとして必要なレベルは人それぞれです。中国語をツールとして使いこなせることが「マスター」だとするのなら、そのレベルは使用する環境によってまちまちです。中国語を「マスター」したというのは、言ったもん勝ちと言えるでしょう。